中国政府(中国当局)によるテック企業の規制の理由や、不動産業界での債務デフォルト危機、2015年のチャイナ・ショックとの類似性などについて調べてみた。
分かったのは、中国経済がそのコントローラビリティを求めて米国経済から距離を置くに連れ、デカップリング(各国の経済情勢が独立事象化すること)が進行しているのではないかということだった。
What US-China decoupling does and doesn’t mean
債務デフォルト
パンデミックにおける中国の企業債務の対GDP比の増加率は、他諸国と比べても3~4倍高く、デフォルトが急増している。欧米諸国は家計部門への支援で金融政策を取ったが、中国政府は企業を直接支援したため、社債発行が多くなった。もともと株式市場が未発達であるなどの理由から、中国企業の債務比率は諸外国と比べて高いが、今回のパンデミックが加速させた。また、企業の優良担保が不足してきており、MLF(中期貸出ファシリティ、資金貸し出し機関)からの借り入れが難しくなってきており、MLF側の残高が増えてしまっている。このMLF残高が一定値を超えると中国人民銀行は預金準備率を下げ、市中銀行の現金比率を高め、金融緩和を行う傾向があるという話だったが、先日その通りになった。債券市場の投資家の多様化も進んでおらず、デフォルトが市中銀行へ集中的に影響を及ぼす可能性もある。商業銀行が国債の63%、地方債の85%、企業債の17%を保有。中国人民銀行は市場の合理性によって金融市場を維持する方針であり、介入を好まない。緩和麻痺している米国とは真逆のスタンスが垣間見える。
高格付け社債発行企業であってもデフォルトが増加している。実はこれにはからくりがあり、格付けは手数料払うことで良いものを取得できるため、劣悪な発行体ほど高い手数料を払って高格付けを取得しているという背景があるためであるとも考えられる。
具体的には、中国不動産最大手の中国恒大が財務危機に陥っている。ドル建て負債が33兆円あり、社債返還を求めて流動性危機の可能性あり。中国の金融システムだけではなく、香港やロンドン、ニューヨークにも影響する。資金ショートを埋め合わせようとして売上の適切な扱いをしなかったため、当局調査が入り、販売停止措置。中国恒大は2021年1月に上場して当座の資金集めたが、再度危機に陥っている。この厳しさは、コロナでも中国当局が金融引締め政策を取っているため。金利が下がらず返済利息がかさんでいる。また、消費も伸びずらい状況。
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一方で、中国の高成長企業のドル建て社債は、米国ファンドからすると金利が高く魅力的であった。中国企業は、その資金を中国人民銀行に吸い上げられ、国有企業へと資金が回されていることから、慢性的な資金不足になる構造がある。債務総額は過去最悪レベルで膨らんでおり、資金調達を海外市場に求める動きも多数見られる。
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次に、
・中国人民銀行は企業に対してなぜここまで厳しい金融政策を取っているのか。(人民元を刷れば、大事な大企業も守れるはず。)
・デフォルトを防ぐために海外市場へ出ようとするテック企業への規制の目的は何か。(潰そうとしているとしか思えない。)
について順に調べていく。
余談だが、まっとうな資金提供を受けられない企業の受け皿となっている中国のシャドーバンキング市場は900兆円にもなる。
人民元とドル
人民元は事実上ドル本位制であり、貿易摩擦によってドル建て準備金が伸びない今、人民元の増刷をしたくないというのが中国当局の思惑。通貨の信用を一定以上のドル保有によって保っている。
また、社債デフォルトのリスクが高いのは、前述した不動産だけでなく、半導体などのハイテク企業も含まれてきている。米国が禁輸措置を取ったことから、米国の半導体技術を利用できなくなっており、実際に内製化を進めているが、うまく行っていない。2020年9月にはロケット打ち上げに失敗しており、失敗の背景には半導体禁輸措置があるとの見方もある。
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足元の動きとしては、支援したいセクターには流動性を持たせられるように預金準備率を下げたが、金利は引き締め継続とした。
ここまでで触れてきたデフォルトというのは、企業のデフォルトであり、中国政府としての財政状況は、2020年時点で対外純資産ランキングで4位とかなり良い。
対米に対しては、中国が最大の債権保有国であり、直近のコロナ金融緩和によってFRBの保有比率が著しく上がっていることが予想されるものの、FRBに次いで2番目の保有国であることは変わらないだろう。中国の大量の米国債保有は、貿易交渉の材料にもなっている。ただし、大量売却は、中国自身が保有する米国債自体の価値を下げてしまうため行われないという見立てがなされており、ドル本位制の根拠ともなっているため、全売却はないのではと考えられている。
中国にとっては、刷り過ぎによる人民元価値の下落より、ドル価値が下落することによる、ドル建て国債の評価額が下がってしまう打撃の方が大きい。
では戻って、ドルの稼ぎ頭であるテック企業はその役割からして優遇されてもいいはずだが、直近の規制の動きを見る限りそうなっていないのはなぜだろうか。
テック企業への圧力
中国政府のテック企業の取締りは、公にはユーザーデータが米国に流れることを防ぐためと言っているが果たして本当だろうか。DiDiが米国上場停止するように当局から指導を受けたとのニュースがリリースされた後、香港市場は上がった。多くの中国企業が米国市場から撤退し、香港市場に流れてくることを見越したためであった。今後はIPOや取引が香港市場で行われることが予想されている。中国は香港市場を潤して、香港のエリートたちを取り込もうとしているのではないかとも言われている。ただし、中国当局は香港市場への上場も米国同様、規制しようとしていたりするため、理解が難しい部分も残る。DiDiへの報復は上場廃止勧告のみならず、調査期間中は新規ユーザーを受け付けてはならないというかなり強めのもので、他企業への見せしめに使われている様子。中国企業の中国市場への集中を誘導している。
中国政府は一方で、コモディティ市場は世界に開こうとしている。このことから、やたらめったら、あらゆる産業を自国に閉じ込めたいという考えではないことも読み取れる。一部によると、中国のインターネットはほとんど無法地帯状態だったため、今後成長していくために少しでも正しい状態へと移行するための適正な措置(GDPRの流れに近いもの)があるのではないかという見方もある。規制前の出発点が低かったために、圧力が強く感じられている側面もありそうではある。
しかし、やはり、米国で調達した資金が中国国内に流れてくることを考えると、政府がそれを止める理由が分からない。
そっちがその気ならこっちだって媚びる気はないね、という、米国(株式市場)への揺さぶりと考えると分かりやすいが犠牲が大きい。
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ユニコーン企業を自国内に囲い込みたい、ハイテク技術の内製化を進めたい、企業が政府を凌駕する個人データを蓄積しそれが米国に流れることを懸念している、という狙いは納得感がある。また、証券操作やインサイダー取引の取締りを強化し、不当に影響力を持とうとすることを押さえ込むという動きも同時並行で進めている。
中国ネット企業への統制強化と米中間で進む資金のデカップリング
一方で、先述したとおり、企業は豊富な資金調達を求めて、米国上場しようとするが、政府に技術流出や権限が握れないことを懸念されて禁止される流れ。香港上場に逃げられなくもないが、調達できる資金の規模が違う。
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以前Tweetしたが、こういった理由も大きいだろう。
この記事が最も腑に落ちたのだが、中国当局はテック企業を、”科学技術を進化させる担い手”とは見ておらず、半導体技術や防衛技術を担う、本当の意味でのテック企業を応援したいと思っている。科学的な国力の向上を狙っており、目線は国力の増強であり、打倒米国であるため、エンタメの軽いtoC向けサービスを展開しているテック企業が、中国当局の影響力を超えてのさばるのは邪魔でしか無いという理由。コメントでは、「単に中国に利益を還元しない、中国企業の皮をかぶった米国企業だからだ」というシンプルな解釈もされており、なるほどなと思った。米国進出となれば、米国当局との関わりも多くなり、シリコンバレーにオフィスを構え、税金を収め、現地の人材を採用し、と、中国にドルが舞い戻ってくるイメージは確かにない。
Why is China smashing its tech industry?
話は横にそれるが、先日の教育関連株暴落は、政府が少子化対策の1つとして、教育サービスの国家からの無償提供を目論んだ中での手だったっぽい。中国の教育費が高騰しており、それが子供を増やせない圧力になっているため。教育費の家計負担軽減を政府は狙っている。
すなわち、中国当局からすると、テック企業は、ドルを稼いで来ない米国企業であり、軍事を始めとした科学大国には不要なパーツであるとすら言えるのかもしれない。
優秀な人材もテック企業から、科学を押し上げる企業へと流れてくれたら儲けもん。
デジタル人民元の狙い
人民元の話に戻ると、本質的には、ドルの後ろ盾がなくとも人民元が国際的に信用されれば良い。輸出入が多い中国は、デジタル人民元で、ドル本位制を抜け出したいと考えている。人民元をデフレ(発行量を絞る)させることで、ある程度のドルへの変換効率は高められるが、限度がある。2倍3倍にはならない。根本解決には外貨獲得手段、米国に頼らなくても良いレベルの需要創造手段(すなわち人口増加)が必要だと考える。
デジタル人民元は、その利便性を活かして、対外決済市場でのマーケットシェアを取りたいという狙いがある。対外決済においてデジタル人民元が日常的に広範囲で使われるようになれば、人民元への信用というものも付いてくるため、ドル本位制から抜け出す事ができると考えているのである。現状、国際貿易においては、その利便性と信頼性からドル建て決済が多く、これを塗り替えていきたいという意気込みである。
この、貿易領域から人民元をデジタル化していくという試みは、中国が貿易市場において大きなシェアを担っているがゆえに狙える戦略でもあり、今後の動きに注目が集まっている。
チャイナ・ショック
ここでチャイナ・ショックのおさらいをする。
そもそも2015年当時の中国株は、中国の日経新聞的なポジションのメディアに煽られ、ハイレバレッジ状態(~10倍)でバブルになっていた。当然、バブルが行き着く先は流動性枯渇で、まずはバブルが弾けた。
チャイナショックの要因と中国当局の対応が上海株式市場と株価に与えた影響
次に人民元の切り下げ。通貨切り下げは、他通貨に対して自国通貨の価値を下げる行為。通貨切り下げをしなければ中国の輸出業をブースト出来ないほど、中国経済が弱っていたのかというネガティブサプライズによって中国株は下げた。順調な成長が既定路線だった市場は驚き、通貨切り下げ競争の懸念も持ち上がった。
世界の通貨と株が右往左往 「人民元切り下げ」で広がる波紋(ダイヤモンドオンライン寄稿)
人民元の切り下げは、中国の輸出企業にはプラスとなるが、海外の対中国向けの輸出企業にはマイナスになるため、関連している米国株や日本株も下げた。
2015年のチャイナ・ショックの再来を予見するのは、預金準備率の引き下げが行われたこと。とはいえ、MLF残高に応じた自動的な引き下げであるため2015年ほどの動揺はなかった。
チャイナ・ショックの再来か?中国「人民銀行」が17兆円を市場に供給 日本企業は戦々恐々
一方で、先日の米国上場テック企業への中国当局規制による株価下落ショックでは、他の米国企業の株価は連れ安になっていない。
市場はそれなりに冷静であり、影響範囲や影響度合いをしっかりと見極められている印象。パニックになったのは直接影響がある銘柄のみ。
米国への影響としてはやはり貿易と通貨。そう考えると米中対立というのはある種、ジリジリ期待値調整したがゆえに、そこまで大きなショックになっていないようにも思えるのは見せ方がうまかったのか、緩和マネーに隠されてしまったか。
とはいえ、預金準備率が引き下げられたことから、国内需要が順調ではないことが垣間見える。
中国CPIは、コロナショックで下落を始め、2021年2月に底を打った形だが、2019年と比べると伸び率は低い水準。
コロナの感染抑制も諸外国と比べると著しく良好だが、あまりにも低くて、どこまで本当のデータなのかという疑いすら出てくるレベル。
Coronavirus (COVID-19) Vaccinations
まとめ
- 企業債務デフォルトは中国人民銀行の金融締め付けの結果。金融緩和したくないのは人民元のドル本位制があるため。デジタル人民元でドル本位制を抜け出す方針を画策中。
- テック企業は、中国当局からすると科学大国の担い手ではない、かつ米国企業なので外貨稼いで来ないしで、潰して構わない対象。
- 不動産もテック企業も、民間でカバーできなかったものに関しては、国有企業がやればいいくらいのスタンスかもしれない。
- 各国の株式市場も、輸出入への大きな影響がないためか今までの動きに対しては冷静。ただし中国テック企業は大打撃。
- 今後は企業の資金源が人民元に進行し、米国対立も半導体を軸に深まり、デカップリングが進行すると見られる。
妄想含みの余談となるが、半導体の国産化を目論んで工場を建設しようとして頓挫した場所が武漢。コロナウィルスが流出したとされる武漢のウィルス研究所には米国も投資していたという噂がある。
現代において、需要の根源を握るのは半導体である。消費者や産業を動かす全てに半導体が使われている。半導体を制するものは、需要を制すると言っても過言ではない。
半導体の主導権はまず握って、米国技術依存から脱却し、デジタル人民元でドル依存を減らし、足元は金融緩和せずに、半導体主導で国内の消費を盛り上げていき、人口増加でマクロでも勝ちにいきたい中国。
半導体の製造体制を独自で築こうとする中国と阻止したい米国。それはかつては石油だった。人々が欲しがるものを牛耳るためにあらゆる攻防が繰り広げられると考えると様々な動きが理解しやすい。
結局、行動原理が同じだということを考えると、歴史は繰り返さずとも韻を踏み続けるのだろう。