前回、前々回とDXについて書いてきた。
DXの目的は「顧客理解に基づく競争優位性の維持/獲得」にあると書いてきた。
その中で2つほど留意しておくと良い点があるので今回はそこに触れようと思う。
・やることは増えるが覚悟はできているか。
・ユーザー体験が良くなっているのか。
やることは増えるが覚悟はできているか。
1つ目は、DXを行うことで、ユーザーに対してやることは増えるということを覚悟しなければならないということである。
これは、なかなかイメージとしては湧きにくいと思うが、実際考えてみれば理解できるはずだ。
例えば、家電メーカーについて考えてみよう。
一般的な家電メーカーは、モノを作って売った後に、顧客に継続してサービスを提供し続けることはない。
だが、SoE(System of Engagement)を作り上げるDXプロジェクトにおいては、家電を売った顧客のデータを吸い上げて、分析し、サービスを改善することを目指す。場合によっては、顧客に実際に会いに行き、どう使われているか観察するという行為も含まれるだろう。
従来の「モノを売ったらそこで終わり。顧客がどう使っているかは把握できていないしする必要もそこまでない」という状態から「モノが売れた後が勝負。モノを媒介としてサービス提供して顧客と付き合い、継続的に要望に応えていく」状態になることを目標とするわけなので、DX前後で顧客に割く時間も手間も増えるのが当たり前なのだが、これになかなか気付け無い。自分たちがモノ売りをしているので、サービス提供をするイメージが湧かないというのも大きいだろう。
モノを作ることに注力してきた家電メーカーが、モノを媒介としたサービス提供を行うこと自体も相当難易度が高い。顧客の要望を正しく聞き、製品の改良に活かし、顧客に満足してもらう、より便利に使ってもらうためのサービスを提供することは「モノのスペック以外の部分にも責任を持っていく」という責任拡大も伴う。「なんでそこまでやるの?それって自分たちの仕事?」「そもそもできる人がいない」という意見が出てくるのが目に浮かぶ。
一方で、こうも考えられる。「モノを売った後にまで責任を持ち、サービス提供を通じて、顧客を満足させられていないから負けている」のだと。だとしたら、負けている/出遅れている状況を挽回しなければならず、現状と同じことをしていても状況は変わらないということも理解できるだろう。DXを通じて、自社のポジションをより良くしていくには、自社ではやったこともないようなサービス提供やカスタマーサポート、顧客の声を聞き改善するという苦手なこと/できないことをなんとかしてやっていく必要がある。現状の自社では、できていない/できる人がいないことを、新たに腰を据えて手掛けていくのだという覚悟と忍耐が必要となってくる。
また、ここまで行くことは稀だが、SoI(System of Insight)プロジェクトから、提供する価値を変化させ、ビジネスモデルを変革させるとなると、自社が苦手どころか、自社を壊滅させるレベルの競合サービスを自分たちで生み出さなければいけないという状況にもなる。この状況で英断ができる経営者が日本にどれだけいるかは未知数だが、並大抵の決断ではないというのは想像に難くない。
ユーザー体験が良くなっているのか。
留意するべき点のもう1つは、DX前後でユーザー体験が改善されているか、というチェックを怠らないということである。
多くのDXプロジェクトにおいて「その施策は、ユーザー体験の向上につながっているのか、提供する価値が向上しているか」という点が、どうしてもおざなりになってしまう。
それも仕方ない側面はある。DXプロジェクトは「自社のこれがダメ、遅れている、できていない」という視点から始まることも多く、発想や課題発掘が内向きになりがち(自社にベクトルが向きがち)だ。
考えれば考えるほど、現場のオペレーションや自部署の不出来、デジタル技術活用の乏しさに頭を抱えてしまう。現状に不甲斐なさを覚え、自分たちの仕事の仕方にマインドシェアを持っていかれてしまうが、DXの本質的な価値は「ユーザー体験の価値向上」であり「顧客理解に基づく競争優位性の維持/獲得」である。これはユーザー体験の向上なくして達成し得ない。
日本の大企業には、ユーザー志向性がもともと低い組織も多い。高度経済成長時代はユーザーが多少満足しなかろうが売れたからである。しかし、ユーザーの目が厳しい時代において、そういった企業こそがユーザーから見放され、しまいにはDXに乗り遅れ、という状態に陥っていると思う。ボロボロになった企業が最後の望みを託すのがDX、というような立ち位置にもなりつつある気風を感じる。自社のマインドセットを入れ替えられる絶好の機会だと思うので、「DXで生産性を向上し、行き詰まった大企業(自社)の問題点を〜」というような視座の低い自社だけの話に閉じず、是非それを利用して、商売の根源である「ユーザー体験の価値向上はできているか、そこに根ざした考え方が組織全体に行き渡っているか、世界の企業と渡り合えるような状況になっているか」を考えてもらいたい。
まとめると、「やること増えるが覚悟はできているか。」「ユーザー体験が良くなっているのか。」である。
この2点を押さえることで、DXの本来の価値を見失うこと無くプロジェクトが進んでいくと考えている。