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Site icon imageちちもブログ

日々の徒然

QUEENファンじゃなかったけど、2018年終盤で今年一番出た気がする「ボヘミアン・ラプソディ」。

周りの友人が2人連続で「よかった」と教えてくれたので早速観に行った。QUEENについての事前知識はごくごく有名なもののみ。結果、ファンとか曲の知識とか何とか関係なく、今年ナンバーワン心が動いた映画だった。(評価高い「レディー・プレイヤー1」は観てないけど..)

この物語を見る限り、フレディー・マーキュリーは人生を通じて、孤独・愛・セクシャルマイノリティであることが、どういうことで、そんな中でどう生きたら良いのかという答えには辿り着かなかったんじゃないかなと思った。そういった人生の苦難/課題を簡単な言葉で昇華させてしまわず、真摯に向き合ったからこそ、死ぬまで悩み続けていたんじゃないかな。それは辛い生き方なんだけど、見つめ続けた、そういう生き方をした人だったんじゃないかと思った。「俺も答えわからないよ、悩んでるよ。」というのが姿勢としてありありと伝わってきて、それがファンに愛されるチャーミングな部分なのかもしれない。

そういった姿勢/生き方は”憂い”として、アーティストの迫力に乗ってくるんじゃないかな。勝手な想像だけどマイケル・ジャクソンも似た雰囲気があると思った。

そんな彼の人生の描写の中、QUEENファンじゃない自分でも知っている曲がバーンと流れると、流石にうるっときた。音楽の才能は冴えわたり、今も古びないユニークで前衛的な音楽を産み出してきたという事実に感動した。ちなみに産みの苦しみはこの映画では描かれていない。

そしてその音楽に、悲壮感は一切なく、どんな曲も、バラードであっても、明るい印象を抱く。表現したい感情との良いギャップとなって、聴く人達に、悩みに真っ直ぐ、明るく、向き合わせる原動力や仕掛けになっているのかもしれない。

まあ、つべこべ言ってるけど、観終わってからQUEENの曲聴きまくってるよね。(安易)